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FANDA RECORD ファンダレコード

FANDA RECORD ファンダレコード

FANDA RECORD ファンダレコードは、 DTMプログラミング、作詞、作曲、編曲 : 羽井 善國 (Yoshikuni Jeffrey Habui) DTMプログラミング、音楽編集、演奏、ギター、ベース、キーボード : 上杉 門護 (Mongo Lee Uesugi) 歌 : 江良 富士子 (Fujiko Jane Era) の3人からなる、音楽ユニットです。 Discography: credit roll part1 dancing on the floor dancing with you Falling in Love frances screen パルテア ユーチューブ YouTube チャンネルを見るには、下の「リンクを開く」ボタンをクリックして下さい。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け Dawing of the Red Suns~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け Dawing of the Red Suns~

文化祭が終わり、エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人は、自分たちの手で会場を借りて自主コンサートを開きたいと決意しました。 しかし、まずはバンドの名前が必要であることに気づきました。エイプリルは、3人が情熱を燃やす太陽の夜明けを象徴する「Dawning of the Red Suns(赤い太陽の夜明け)」という名前を提案しました。 ジュンとマーヤも賛成し、全員一致で決定しました。 自主コンサートを企画するには、会場の手配やチケットやポスターの印刷、音響や照明の準備など、少なくとも10人以上のスタッフが必要でした。 そこで、他校のバンドにも参加を呼びかけ、さらにボランティアを募集することにしました。 放課後、プロバンドのギタリストのリーさんに相談しに行くことになりました。 エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人は、リーさんのバンドがいつも練習しているライブハウスに向かいました。 スタジオに着くと、リーさんのバンドは練習をしている最中でした。 エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人は、練習なのに迫力のある演奏に圧倒されていました。 リーさんの紹介で、ウエストコーストロック系とプログレッシブロック系のバンドが参加してくれることになりました。 打ち合わせはリーさんの音楽事務所があるアパートで、毎週末に集まることになりました。 これからの準備と打ち合わせには、さらなる興奮が渦巻いています。果たして、3人の夢が実現する日は、いつ訪れるのでしょうか?
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 文化祭~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 文化祭~

文化祭当日、エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人は緊張の中、出演の順番を待っていました。 ジュンは、崇拝するジャコに倣って、フェンダーのジャズベースのフレットを削り、フレットレスに仕上げ、大切に大事にしている楽器を手にしていました。 一方、エイプリルはまだローンの支払いが残る新品のギブソンのレスポールを抱えていました。これまでの練習の成果を発揮し、大好きなハードロックのコピー曲を5曲ほど演奏して、場内は最高潮に盛り上がっていました。 そして、演奏の最高潮に達した瞬間、ジュンとエイプリルは目を合わせて「やるぞ!良い?」と微笑みました。 しかし、その時、何とジュンは自分のベースを、後ろに置いてあった別のバンドのベースに勝手に持ち替えてしまいました。曲も盛り上がり、ここで中断するわけにはいきません。 エイプリルは目を閉じ、自分のギターを高く掲げると、ジュンのベースが空中で激突しました。エイプリルのギターは空中で木の葉のように散り、観客席に散りばめられました。 それでも、その瞬間は何か特別なものであり、失われた音楽の瞬間が、観客に感動と興奮をもたらしました。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け レンガ倉庫~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け レンガ倉庫~

エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人は、自分たちのバンドが文化祭の大講堂で繰り広げるライブに際して、ポスターを制作することを決定しました。 撮影場所として、ジュンが提案してくれたのは、今は使用されていないレンガ倉庫の引き込み線の上。古き良き雰囲気が漂っており、一考の余地があります。 また、撮影についてはマーヤが夜の撮影を強く希望しました。夜の雰囲気が特別なものを生むとの意見もあり、結局、皆の一致した意向で夜中にレンガ倉庫にて撮影を行うことになりました。 このレンガ倉庫は昔、船での貿易が活発だった頃、保税倉庫として機能していましたが、現在は閉鎖され、廃線となっていますが、その歴史的な趣が魅力となります。 当日は、プロのギタリストであるリーさんに運転手をお願いして、彼のフォルクスワーゲン・タイプ2にて出発しました。 夜のレンガ倉庫は穏やかで、バリケードが崩れかけている場所から中に入り、撮影スポットを探しました。 カメラはリーさんにお願いして、エイプリル、ジュン、そしてマーヤの3人が凛々しく立つ線路の中央での写真が出来上がりました。 これを用いて、文化祭のライブを盛り上げる素晴らしいポスターが出来上がりました。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 幻想的なススキ林~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 幻想的なススキ林~

バンドのメンバー達が通う学校までの通り道に、背丈ほどの高さのススキが生い茂る、幻想的なススキ林が広がっています。 その中心に、メンバーのジュンとマーヤは教室から机と椅子を持ち出し、まるで夢のような秘密基地を築きました。 地下室の暗さから解放され、太陽の光を浴びながら秘密基地で練習することで、メンバーたちは新たな創造力に満ちたエネルギーを感じていました。 昼休みや放課後、学校を抜け出してススキ林の中の秘密基地で集まり、心ゆくまで練習と音楽に没頭しました。 しかしある日、登校すると焼け野原になったススキ林の中央に、孤独に机と椅子だけが残されているのを見つけました。 この悲壮な光景が、メンバーに新たな試練をもたらすことになるかもしれません。 しかし、たばこの火が原因と聞いて一瞬緊張が走りました。けれども、他校の不良学生が犯人であることが明らかになり、少し安心しました。 再び練習場所は、幻想的なススキ林の秘密基地から暗い地下室に逆戻りしました。それでもなお、メンバーは音楽と共に穏やかな心を感じ、練習することで幸せを見つけていました。 燃えたススキ林の悲劇が遠くなった今、彼らは新たなエピソードに立ち向かいながら、音楽と共に響き合う心を深めていくのです。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ドラマチックなパフォーマンス~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ドラマチックなパフォーマンス~

あの事件以来、バンドの練習場所の間借りしていた野球部の部室からは追い出され、結局、暗い体育館の地下室で練習することになりました。 バンドのメンバーのマーヤは、指のけがも大したことはなく、休みの日には自分のドラムセットをリヤカーに積み、近くの公園に運び練習しています。 文化祭の演奏する曲を選曲するにあたり、ポップス派の曲にするのか、それともロック派の曲にするのかでメンバーの意見が分かれました。 ある休日、エイプリルの家で、ジュン、マーヤと一緒にテレビで音楽番組を見ていると、野外ステージでロックのバンドが熱演している映像が流れました。 そのバンドの演奏も素晴らしかったのですが、クライマックスに達した最後に、驚くべきことにメンバーが使っていた楽器をステージ上で投げて壊してしまいました。 それを見ていたベースのジュンは、文化祭でこのパフォーマンスをやろうと提案しました。 "まるで彼らの情熱が楽器から爆発しているようだ。" と言いながら、メンバー一同がドラマチックな演奏とパフォーマンスに挑むことを決定しました。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ライブハウス「UFO」~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け ライブハウス「UFO」~

エイプリル、ジュン、マーヤの3人は、先日の事件以来軽音楽部の活動が謹慎になってしまった為、今日はエイプリルがアルバイトをして働いている喫茶店で知り合った地元のロックバンドのライブを見に行くことにしました。 このライブハウス「UFO」は薄暗い商店街のビルの1階の通路の奥にある狭い店で、この「ダンシングバード」と言う名前のハードロックバンドの演奏の爆音がビル中に響き渡っていました。 先日、店でライブを見に来るように誘ってくれたバンドのギターリストのリーさんは、今日は Gibson Firebird III を弾いています。このギターも私の Gibson LesPaul Delixe と同じミニハムバッカーのピックアップですが、音はかなり甲高い印象です。 この瞬間エイプリルの心の中で、ギターの先生はリーさんに決定しました。 パルテア ユーチューブ YouTube チャンネルを見るには、下の「リンクを開く」ボタンをクリックして下さい。
エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 活動謹慎~

エレクトリックレボリューション ~赤い太陽の夜明け 活動謹慎~

バンドのメンバーは、エイプリル、ジュン、マーヤの3人で決まりましたが、エレクトリク楽器をアンプで鳴らして練習出来るような部室はまだ無く、野球部の部室の2階の一部を間借りして練習する事になりました。 最初はバンドのメンバーになる事を拒んでいたマーヤでしたが、借り物のドラムセットを叩かせてみると、力強くビートのあるリズム感で、本人もノリノリですっかりバンドに乗り気になっていました。 放課後部室に集まって、文化祭のステージの時間に合わせて選曲した曲の猛練習が始まりました。 ある日の休日に、マーヤは一人で学校の部室で大声で叫びながらドラムの練習をしていましたが、その叫び声に勘違いした近所の住人が、警察に通報してパトカーを呼んでしまいました。 パトカーにサイレンにびっくりしてパニックになったマーヤは、慌てて外に飛び出し、階段から転げ落ち、指を骨折してしまいました。 パトカーは来るは、救急車は来るはの大騒ぎで、軽音楽部はしばらくのあいだ活動謹慎になってしまいました。 パルテア ユーチューブ YouTube チャンネルを見るには、下の「リンクを開く」ボタンをクリックして下さい。